くろにわの雑記

精神障害者の日常、ゲーム、その他雑記です。

σ(゚∀゚ オレ!! だよσ(゚∀゚ オレ!!

「実は偽っている」という自分も自分
愛想笑だってそうしている自分も自分
精神科の待合室でまったり顔の自分も自分
緊張に手足を震わせ、声まで震わせちゃってる自分も自分
嘘が嫌いだと言いながら、自分に都合のよい嘘は吐くという自分も自分
女性恐怖症を自覚しつつ、カウンセラーが女性である場合には平気だという自分も自分
「本当は、友達がいるんです」と書きたいものの、本当にいないので書くことができない自分も自分
「本当は彼女(ry」自分も自分

軸となる自分など、いないんだ。
それは人によるのかもしれないけど、少なくとも自分には、軸となる本当の自分とやらがいないみたいだ。
何かの行動で失望したり、嫉妬をしたりするのは、上記のような様々な自分が、その時々にあわせて顔を出し、感情もあわせて出すからそう思うのであって、軸となる本当の自分とやらはない。よって、
たくさんの自分が共存していて、その皆が色んな感情を持っていて、ある出来事に反応する自分もいれば、無反応の自分もいる。

多重人格とかではなくて、「顔」のこと。
他者に見せる顔。
例えば、家族に見せる顔と、お客さまに見せる顔との違いのような。

当たり前のことしか言ってないけど。

それでもまだ、本当の自分とやらを探す気か?
そんなもんないんだっていう、その答えは合っているのか?
人格障害が共存するように、自分も共存しているんじゃないのかな。
どっちでもいいか。